TGVの切符を購入

 パリで休日を過ごしています。特に昨日(日曜日)は朝から晩まで観光でした。本当に純粋な観光だったので、このブログには特にその話はしません。観光とは別に、ホテルで久しぶりにNHKを見たとか、ホテルの隣にラーメン屋があって客の多数がフランス人(というかヨーロッパ人)だとか、スーパーやデパ地下の食品売り場が、ノルウェーと違って品揃えが豊富で生鮮品の割合が多い(日本人の感覚にあう、という感じ)だとか、しょうもない話はいろいろありますが。

交通の話を1つだけ。

フランスは、何かと仕事が非効率とか質が低いとか、いろいろな話があってジョークになるほどですが、この真実はともかくとして、3日にブリュッセルにTGVで移動ためのチケットを買ったとき、こんな経験をしました。

まずSNCF(フランス国鉄)でのWeb購入にトライ。ところが、英語版サイトで進めていくといきなりフランス語版サイトに進行したりして、何度かリトライしたりgoogleでのサイト翻訳でやったりといろいろするのですが、それでもよくわからない。乗る列車の入力条件が難しい、なんていうことなら別にたいした話ではないのですが、ウエブの構成そのものが分からない。意地になるほどのことでもないので、Webはさっさと断念。こう言ってはやや傲慢だけれど、この私が断念したということは世の中の多数派の人には操作困難ということになりますが、どんなもんでしょう?でもまあ、こんなこともあるでしょう。フランスらしい(?)ということでまあ想定内。

次は駅での購入にトライ。さすがに当日乗車直前の購入はフランスでは危険と思い、1日(土曜日)にサンラザール駅に行くと、窓口は長蛇の列。処理能力と行列人数をざっと見て推測したところ30分くらいかかりそうです。でもまあ、こんなこともあるでしょう。これも私の中では想定内(だからわざわざ2日前に購入しようとしているのだ)。

で、自動販売機へ。これにはどれも数人しか並んでいません。これも面白いので観察してみると、操作している人がみな首をひねりながら何回もトライしながらやっていて、一人が買うのにものすごく時間がかかります。乗る列車が決まっていないから、ではなくて、操作がよく分からない様子で、画面とじっとにらめっこをみんなしています。機械の操作が難しいのか、フランス人が機会が苦手なのか。みんな長蛇の窓口にわざわざ並ぶところを見ると、難しいんでしょうね。これも、フランスらしい、などと決め付けたら怒られるでしょうか。

では私もやってみましょう。言語は英語を選ぶことができます。まず、駅名を入力にはスペルを知っている必要があります。Parisなら簡単だけど、ブリュッセル?でも前日にWeb購入にトライしていたから私はきちんと知っています。で入力しようとするのですが、Bruまで入力するとsを入力することができません。ある程度スペルを入力すると、駅名候補が出るはずなのですが、そこまで行き着けません。国外はダメ?と思って、ためしにAmsまで入力すると、きちんとアムステルダムが駅名候補で出力されます。でもBrusselだったはず???で、5分くらい考えてはっと思いついて、もういちど自動販売機で駅名入力をすると今度はOK。

要は、たとえ英語バージョンであっても、地名はフランス語のつづりで入力しなくてはいけなかったんですね。ブリュッセルはフランス語では、Brux・・・・・になります。

これにはさすがに頭にきたし、さすがにここまでは想定外。その場で思わず、SNCFに呪いの言葉を日本語で発してしまいました(まわりに日本人はいなかったはず)。

もっとも、この駅のつづり以外は自動販売機での購入は全く問題なく、複数の列車のなかから割引率の高い列車を比較することができて、窓側か通路側かもきちんと選択できます。タッチパネルの操作感覚が日本と違うので、その力加減の調整が必要ですが。(でも、ではフランス人はなぜ皆あんなに時間がかかっていたんだろうか?)フランスは、システムを作る人も使う人も頭が悪い???なんてことを言ってはいけないですね。

これも、「たまたま」が重なり合ったことと解釈することにしましょう。それに日本にも、自分が気づかないだけでこんな話はいくらでもあるような気がしますし。





ノルウェー最終日
 早いもので、今日でノルウェーは最後です。最後にふさわしいというか、市街地でも雪が舞いました(写真の解像度が低いので分かりにくいですが)。それにしても冷えました。

yuki

大学の主だった先生などにはご挨拶をして、部屋を引き払います。ノルウェーにいる間に終わらせたい仕事などを少しして17時過ぎになってみると、気づけば周りは皆さん帰っていて誰もいません。金曜日ですからね。

最後なので、トロンハイムで見かけたものでここに載せていなかったことを2つほど。

歩行者信号

トロンハイムに限らずですが、ノルウェーでは歩行者信号で赤が2灯あるものがあります。2つとも同時に点灯しそして消えます。たとえばオスロにも結構あって、日本からノルウェーに来ると最初に???となるものですが。

大学で聞いてみると、二人の交通の先生は、「それは特に意味はない。赤が2つのほうが歩行者の視認性が上がるからだ」と言います。なんかやや拍子抜けです。よく見ると車の信号機が90度ずれて歩行者信号と一体的になっていますから、デザイン的・コスト的には合理的?なのでしょうか。

ついでに、ノルウェーでは信号機のない横断歩道では、歩行者がわたろうとする場合は車は必ず歩行者を通します。日本の道路交通法もそうなっているのですが、厳密に守っているのは教習車くらいですね。例えば横断歩道で子供が手を挙げていれば、多くは車は減速したり止まったりしますが。
ノルウェーで街を歩いていると、道路の横断に関してはかなり安心感があります。

もうひとつ。
child

これはトロンハイムの空港バスの車内です。写真だけではよく分からないですが、左窓側のシートは、これはチャイルドシートです(後ろ向きに座る)。日本では、バス・タクシー等はチャイルドシートの対象外ですが、こちらでは全てではないですがときどきバスのチャイルドシートにも出会います。私が見たのは空港バスのような着席前提のある程度の距離を走るバスです。一般のバスは、赤ちゃんはベビーカーでそのまま乗りますからね。

追記(11月3日)
その後、上記の歩行者信号(赤二つ)について他に理由があるはずであるというご指摘をいただきました。それは私自身もずっと気にしていることなのですが、いまだそのウラが取れず皆様にその内容を披露できません。とくに海外での情報収集の難しさを認識しました。上記はたまたま近くにいた人からの伝聞ということでご勘弁ください。
最高気温は0度
今週いっぱいでトロンハイム滞在は終わりです。ヒアリング資料など思いついたときに整理をしています。

夏時間が終わった今週は、急に冬がやってきた感じです。この2日間は晴れたので気温も急下降。このところは、最高気温が0度、最低気温は‐5度です。風が強い日があって、そのときに黄葉もほとんど落ちてしまいました。芝生にはびっしり霜が下りています。

冬のキャンパス

大学のメインの入り口。9月中旬に来たころは、黄葉すらしていませんでした。

昼の1時

太陽が見えますが、昇る朝日、ではありません。これで昼の1時です。

霜

結晶になっているのが分かります。

ちょうど気候としては、私が以前いた広島大学のある東広島市の真冬のある日、といった感じです。東広島の西条は、標高が約200mで盆地で、冬はよく冷えます。住んでいたアパートには水道管ヒーターがついていましたが、それでも凍結したことがありました。この寒さは、久しぶりの懐かしい感覚です。

車に霜

車にも霜がびっしり(これは泊まっているホテルの脇)。西条にいたときは、冬の夜遅くに大学から車で帰るときは、研究室のポットの電源を切るときに、中のお湯を500mlのペットボトル(研究室のゴミ箱から拾う)に詰めてそれをフロントガラスにかけて霜を溶かす、なんてことをしていました。500mlかけ終わることちょうど全て溶けるんですが、それでも寒い日には、かけたお湯がまた再び薄い氷の幕になってしまいました。こんなことも記憶の中からよみがえってきます。

これからですが、次の滞在先のドイツのカイザースラウテルンには、11月8日頃に到着して、10日の週から大学に顔を出すことになっています。それまではお休み、ではなくて、フランス〜ベルギー〜オランダと街・都市交通めぐりをしてきます。うまくいけば、半ば飛びこみでヒアリングができるかな。
ちょうど、パリ、アムステルダム、カイザースラウテルンが正三角形になっているような位置関係です。パリ〜ドイツはTGVが通ったので早いのですが、今回はそこは使わずに、パリ〜アムステルダム〜ドイツ諸都市〜カイザースラウテルンというルートの予定です。

今週末はパリです。恥ずかしながらはじめてで、全く土地勘がありません。完全におのぼりさんなうえに、北欧の小都市でノホホンと暮らしたあとなので、パリに着いた途端にさっそくスリに目をつけられそうです。この一連の移動途中のデルフトでは、コンクリ研から留学中の小松君に会うことになっていますが、それまで果たして無事に行きますかどうか。



ヨーロッパは冬時間
10月の最終日曜日から、ヨーロッパは冬時間になり、日本との時差が8時間になりました。
26日(日)から、というのは前から頭にあったのですが、土曜・日曜と、研究企画申請書を書いていてすっかり忘れていました。ようやく日曜の夜になって、自分の時計とパソコンの時計の時刻が1時間ずれていたので気づいた次第(パソコンはちゃんとプログラミングされてるんですね)。

結局日曜日は、申請書書きで夜遅くなったので、朝が1時間遅くなったのはありがたい!
都市鉄道の事業スキームモデル
Sager教授の講義の時間で、話題提供をさせていただけることになり、それが先ほど終わったところです。M1が10人ほど出席で、それにRyeng准教授(あの女性の「第一書記」さん)も聞きに来ていただけました。講義の中身は日本の都市鉄道の紹介ということで、概説的な話題です。

こちらの講義は1コマ45分です。もちろん週に2コマあったりするわけですが、45分という区切りは、メリハリがあってなかなかいいです。(今回も、90分ではなく、45分なら準備も気楽ですし)

講義は9:15からだったので、普段は9時過ぎやときには10時くらいに大学に来るのですが、念のため今日は8時前に大学へ。起きた7時過ぎは外は真っ暗で、8時でもまだ夜明けです(まだサマータイム期間(!)です)。でも道路は渋滞(8時出社の人たちですね)、大学に着くと多くのスタッフはすでに仕事を始めています。朝早く来て夕方前に帰る、というわけです。今日の講義の中でも、東京の鉄道の朝ピークと夜ピークの時間帯別需要グラフをみせましたが(これは、けっこう受ける)、やはりこちらの人は、東京では夕方のピークが尖っていないこと(ノルウェーに限らず欧州では、朝より夕方のピークの方がより需要集中度が高い)、朝ピークが遅いこと(私が見せたグラフは、8時台の1時間が顕著なピーク。ノルウェーでは8時出社が一般的)についてコメントをしてきます。

東京のような自立採算型+多事業者林立型の都市鉄道の事業モデルは、日本の側はそれをユニークかつ誇りに思っているところがありますが、一方でこれを欧州から見ると、モータリゼーション以前の旧来モデルがそのまま続いている、という解釈も成り立ちます。欧州モデルに日本の大都市の鉄道がこれからなっていくorなっていくべきとは必ずしも思いませんが、すくなくとも東京などの大都市の鉄道事業モデル(≒現在の日本の都市公共交通の事業モデル)が他の日本の都市でもこれから通用していくわけはありません。日本の鉄道事業モデルは、ミクロに見れば事業者の多大な努力とその成果に支えられているのですが、マクロに見ると歴史上のラッキーが重なって今の姿になっているということは、もっと広く(専門家ではなく一般に)認識されていいと思っています。
でも今日の講義では、ここまでは踏み込みませんでした。「講演」というより「講義」という位置づけでしたし、45分という制約や講義学生の事前知識がよくわからないとか、英語の表現技術とかいろいろです。とはいえ、各国の制度の相対的な位置づけをきちんと整理して評価して、海外の人の知識や認識を前提にその人たちに分かりやすく解説する、というまでにはまだ力不足です。これからも修行を重ねていきます。
ブログ更新もひと休み中
このところ、ノルウェークローネとユーロの相場を毎日確かめるのが習慣のようになっています。さっきwebsiteをみたら1クローネがついに13円台に突入です。中村文彦先生と学生さんがノルウェーにいらしたときは確か18円台でしたから、動きはとても急です。いま学生さんがこちらに来たら、もっとご馳走しますよ。株もFXもやっていないので、円高といっても気楽なものです。

 さて、この1週間くらいは、変化やイベントごとのない日々です。せっかく海外に来ているチャンスだというのに、とも思わないでもないですが、今月いっぱいの残りのトロンハイム滞在中は、事務仕事や帰国後の講義準備、11月以降の滞在の段取り・・・・をする日々と割り切っています。とにかく、いまの作業環境はとてもいいので。
(学生さんへ:あと1週間はメールのレスポンスはたぶん早いです。でも、ヨーロッパのオフィスアワーにあわせてメールを送ってくる必要はありませんからね。→夜はきちんと寝て、朝きちんと起きましょう。以後、ドイツに移動する間は不確定になります。) 

 岡村はひげを生やしているらしい、とのうわさが日本で流れている(?)ようですが、けっこう面倒なもので、10日もしないうちに元の姿に戻ってます。

キャンパス入り口
 
いまのキャンパス(街から見て入り口)はこんなです。
写真では晴れていますが、そのすぐあとに雨、ときに雷鳴も聞こえたりと、ますますもって変わりやすい気候になってきました。
一ヶ月がたって、、
日曜日は、ひさしぶりに夕食を街で食べることにしました。いつも、学食が閉まる直前の17時頃に早めの夕食を食べているだけでは、気分が単調になってきます。

大学から見て街の入り口にある大聖堂の脇に、200年前の一軒家をそのままレストランにしているところがあり、これを機会に行ってみることに。
行ってみると、日曜専用メニューで、ノルウェー伝統料理のビュッフェになっていたので、迷わずそれに。サーモンや鱒は、燻製にもいろいろな種類があるんですね。普段不足している野菜も、そしてデザートまで、しっかりいただいてきました。まあ料理そのものはそんな凝ったものではないにしても、学食通いの身には、なかなかおいしいものでした(食べ過ぎた)。195クローネ(約3000円)なり(平日だと、これではすまない)。

そのレストランを出ると一面の星空で、いつも曇っているトロンハイムではかなり珍しいことです。北極星がものすごく高い位置にあって、当たり前とはいえちょっと驚愕でした。
先週の後半から、JABEEとか科研とかEASTSとか・・・(ご存じない方は気にしないでください)、国内の仕事をずっと大学でしていて、かつ学食通いで、いつの間にか日本にいるような感覚になっていた自分に気がつきました。ノルウェー料理と北極星で、外国にいるということを再確認したような感じです(日本の仕事ももちろんやります。溜まっているものも多いですが。)。

それにしても、トロンハイム滞在も一ヶ月になりました。そのあいだ、遠出もしていたのでまるまるいたわけではありませんが、それにしても時がたつのは早いものです。日本だと、この季節は日の入り・日の出とも、毎日1分くらいずつ短くなるわけですが、こちらは、毎日3〜4分ずつ短くなっていくので、なおのこと時が進むのが早い気がします。

この一ヶ月で、これくらい街の光景は変わりました。
大聖堂
9月21日 トロンハイムの大聖堂
 
Oct18
同じく10月18日 
第一書記?
こちらの交通のグループで、交通モデルをやっている女性の先生は、名刺や部屋の名札にある肩書きをみると、Forsteamanuensis (oには実際にはスラッシュが加わる)となっています。Forsteとは英語のfirstですから、直訳すると「第一書記」となります。この人、自己紹介ではassociate professor(准教授、助教授)といっていたけれど、別に何か役職があるんだろうか?

このひと、若く見えるけど実は偉い人?共産党の幹部?のわけはないですし(それに、共産党の書記は、amanuensisではなくsecretaryだ)。なら逆に、実は助手とかティーチングアシスタントみたいな人?それとも事務員さんと兼任?でも、部屋は結構大きくて、それなりのポジションの人のような感じです。。。。部屋の名札を一つ一つ見ていくと、もちろんprofessorがいます。そして、ただのamanuensisもいます。Firstのわりには、この第一書記さんは学科に何人かいます(???)。

最初、学科の研究者の名前を覚えようとして、いきなり分からなかったのが、このamanuensisでした。種明かしをすると何のことはなくて、ノルウェーでは、准教授(助教授)のことをForsteamanuensisと呼んでいます。amanuensisは、講師というところでしょうか。たしかに若い人が多いです。ふだんは、どこでもすべて英語で事足りてしまうのですが、このようにときどき伏兵のようにノルウェー語で???となることがあります。

それから、professor emeritusという方もいて、これは名誉教授です。リタイヤした教授も部屋を持って、ときどき大学にこられる方もいらっしゃいます。私の向かいの部屋の方は、名誉教授です。
私のいる部屋は、交通のグループとは少し離れていて、まわりは海岸工学のグループです。各部屋の前には、波のシミュレーションの絵や、荒波の中の油田プラットホームの写真とか、富嶽三十六景「神奈川沖波裏」の浮世絵などが飾ってあったりします(この絵は波浪の研究者には面白いんでしょうね。交通だと、東海道五十三次の駕籠とか馬、渡し舟の浮世絵をお土産にするといいんでしょうかね)。

さて、これら海岸工学のかたがたには、とくにきちんとご挨拶もしていなかったのですが、私がベルゲン・フィヨルドから戻ってきた翌日(15日)、その向かいの名誉教授の先生がひょっこり私の部屋に現れました。

「Yokohama National Universityから来たのか?専門は何か?・・・・」
と、いきなり我が大学名から会話が始まり、少々唐突な感じもあって???と思っていると、
「Yokohama National Universityなら、Professor Goda を知っているか?」

合田先生(本学名誉教授)とはご友人どうしで、もう長年のお付き合いだそうです。
もう少し若い先生は、「Professor Godaの本を初版もその改訂版も持っている。この前もある学会で会った。Godaとは友達だといいたいところだが、友達とよぶにちょっと畏れ多いかな。」
例えばこんな感じで、フランクな中にもたいへん敬意をはらわれているということが伝わってきます。

海外で、同じ土木教室の先生の名前が出てくることも、横浜国立大学の名前をすぐ認知していただけたこともとてもうれしいですし、それをきっかけに、別の専門の研究者とも話ができるようになるのもうれしいことです。合田先生のご専門の内容をとても理解できるには及びませんが、あらためて合田先生のすばらしさを感じたという次第です。
フィヨルド周遊(2)

もうひとつ、ここの重要な観光資源は、フロム鉄道です。
http://www.flaamsbana.no/jap/Index.html

湾奥のフロム(海抜2m)から、オスロ・ベルゲンを結ぶ鉄道駅ミュルダール(海抜865m)までを、約20kmを40分かけて走ります。途中の風景が美しいのはもちろんですが、最大勾配5.5%がずっと続くことや、途中に二重のヘアピンカーブ(鉄道だとループやスイッチバックが一般的ですが、ここではトンネルがヘアピンの線形になっています)があり建設には技術と時間を要したことなど、鉄道技術的にも特徴的なところです。
フロム
写真はフロム駅(フィヨルド湾側)です。U字谷の底にあります。雨なので、山の上からいく筋もの滝が流れ落ちています。日本だと土石流の危険をすぐ連想してしまいますが、ここは岩盤上で流れる土砂もないので別に問題はなく、これが雨の日の普通の光景です。

この鉄道は、いま年間約60万人が利用しています(ほとんどは観光客)が、70年代までは年間20万人ほどでした。80年代から増え始めるのですが、これには先のコラムの周遊切符の売出しなども大いに関係しています。
ここはもともとは国鉄の1支線で、以前はサービスの縮小(冬期運休など)や最悪は廃止も考えられたそうですが、1998年に民営化され、いまは地元の観光開発会社が経営をしています。地元の観光企業によるホテルやレジャー活動との一体運営のため、来客数の増加に大きく貢献したといいます。

地元の観光開発会社により既存の交通機関を経営する、というのもあるわけです。日本では歴史的には、交通事業者が観光開発を行ってきた地域が多いですね。そのようなケースでも、現在では実質的には観光開発が主・交通は従というような企業に変化しているとも言えますが、そのようなケースでも、その交通については元気がないところが多いのが気にかかります。

もうひとつ面白いのは、民営化して観光開発会社が買い取ったのですが、運行や保守はひきつづきノルウェー国鉄が行っていることです。公共交通で「民営化」とか「移管」というと、もとの企業体は一切そこから手をひく(というか、手を引くことが目的で移管をする)というモデルが日本には多い(多すぎる)ですが、公共交通の運営形態にはもっと多様になっていいと思います。都市交通だけでなく、観光交通でも。

で、楽しみにしていたフロム鉄道ですが、直前に運休となってしまい、急遽手配されたバスで移動することになってしまいました。この鉄道に並行するバスが通れる道路はないので、100km以上はなれた山のふもとの駅(Aal)まで連れて行かれました(オスロ行きの列車に先回りしたような形になった)。乗車予定だった、ミュルダールから先のノルウェー国鉄最高地点の通過(ここも土木技術としては歴史に残る区間です)もパーになり、天気に続いてややケチのついた周遊となってしまいました。

もっとも、この代行バスからの景色は、鉄道からよりも雄大だったかもしれません。中心線もないような一本道(おそらく、電源開発だけのために造られたような道)を、誰一人すんでいないような山中をいき、ときにはヘアピンカーブのトンネルや4kmもあるトンネルなどを通っていきます。そして、そこに突然、大きな送電線やダムが現れたりします。途中ですれ違った車は数台。こんな経験も運休のおかげ、といえば言えます。

フィヨルド周遊(1)
ベルゲンからは、フィヨルド周遊をしてオスロに向かいます。一般の列車・バス・船を乗り継いでいくもので、セットの切符を旅行会社が販売しています。
予定コースは、ベルゲン(ノルウェー国鉄)→ヴォス(路線バスで峠越え)→グドヴァンゲン(船でフィヨルド)→フロム(フロム鉄道:急勾配で山の上まで)→ミュルダール(ノルウェー国鉄)→オスロ

フィヨルドの湾や深い谷、けわしい峠越えなど、自然のつくる造形の中を進むすばらしいコースです。ちょうど黄葉の盛りで、山上はうっすら雪がかかっていて、あいにくの雨と霧の中でしたが、楽しい周遊でした。
フィヨルド2

細長く深い谷が続きます。湖や川のように見えますが、当然ながら「海」です。

フィヨルド3

フィヨルドと交差する谷も、U字谷が奥へと続きます。この写真は珍しく集落になっている場所。
(最近まで、アクセスは船だけだったようです)


こういう場所ですから、普通の旅行者の目で見れば「手つかずの自然の風景はすごいねえ」「自然の力は偉大だ」となるわけで、またそれが売りのコースでもあります。でも、原始のままの美しい自然だけでは、探検家はともかく旅行者をひきつける目的地とはならないわけで、ここが「観光地」として成立して、それが続いていくまでには、多くの歴史の積み重ねがあります。ここソグネフィヨルドの場合は、ちょうど、オスロとベルゲンを結ぶ街道筋だったこと、イギリス人の金持ちが鮭釣りにやってきたりして、それを受け入れるための小屋や宿ができたこと、さらにヨーロッパの王族が泊まりに来るようなホテルができたこと、船や鉄道の整備で周遊が可能になったこと(トーマスクック社<知らない学生(うちの学生のことです)は調べること>が早くも周遊ツアーを売り出した:ここまでで20世紀前半)、などというわけで、風景とは裏腹に、観光地としてかなりうまく「デザインされてきた」場所というわけです。
「観光開発」などというと何か自然破壊とか、言葉自体に少しマイナスのイメージがありますが、もともとの資源をそのまま生かして快適に旅行や滞在ができる広い意味でのインフラの整備や、すごし方の提案をすることです。とくに自然を主体とする由緒ある観光地には、かならずその「観光地」を育てるためにリードした人や企業があり、そのような経緯の積み重ねがあるところほど、またそこの「自然」も映えてくるのだろうと思います。

前述の周遊切符も、その意味で歴史があり、なかなか上手な売り出し方です。日本の多くの国立公園などの観光地でも、車を持たずとも周遊できて楽しめるような売り出し方に、もっと工夫がいるように思えます。台湾の観光客が日本の観光地でレンタカーを借りれるようにする(以前は、台湾の運転免許では日本で運転不可だった)なんてことも大事は大事なのですが、団体ツアーは嫌だけどレンタカーを借りるのもどうも・・・、というような潜在的マジョリティ(とくに外国人)をもっとひきつけることは必要に思います。

もっとも、ほんとうにフィヨルド観光をするなら、夏に何日か滞在するのが楽しいのでしょうが。
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